山梨と宝石「日本の神々『ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)』1」51
ところで、ウカノミタマのウカとは食物のことで稲荷(大神)のこと。ミタマのタマ(魂)は生命力そのものを指すことからウカノミタマとは、宇宙生命の本体エネルギーであり米作が伝来したころに生じた称号つまり、いいなり(飯成)がつまった呼び名で、コメは、ムギ・アワ・ヒエ・マメのなかでも1番上等なものであることから五穀の神となったという。
さて、(株)クロスフォーから稲穂をモチーフにしたペンダント興隆(KOURYU)がでた。
山梨と宝石「日本の神々『ウカノミタマノカミ(宇迦之御魂神)』1」51
ところで、ウカノミタマのウカとは食物のことで稲荷(大神)のこと。ミタマのタマ(魂)は生命力そのものを指すことからウカノミタマとは、宇宙生命の本体エネルギーであり米作が伝来したころに生じた称号つまり、いいなり(飯成)がつまった呼び名で、コメは、ムギ・アワ・ヒエ・マメのなかでも1番上等なものであることから五穀の神となったという。
さて、(株)クロスフォーから稲穂をモチーフにしたペンダント興隆(KOURYU)がでた。
山梨と宝石「日本の神々『クシナダヒメ(櫛名田比売)』4」50
さて、クロスフォー(株)から櫛名田比売をイメージした稲穂のペンダント実り(MINORI)がでた。
山梨と宝石「日本の神々『クシナダヒメ(櫛名田比売)』3」49
その古代出雲王国があらゆる大陸文化の上陸地であり大和国に先立つ先進国であったことは『記・紀』の神代条に五穀や蚕の発祥が豊葦原の中津国=出雲国と書かれていることが証明している。さらに、出雲勢力の政祭一致の支配者は、須佐之男命・大国主命・事代主神(大国主命の息子)などのクニノミヤツコ(出雲国造)らで出雲大社の神官家(千家氏)に継承されるていく天照大神系の天皇家より古い時代の日本の土地神=「国津神」だ。一方で、 天孫降臨した天照大神を頂点とする神々は、伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮などに祀られている「天津神」という。
さて、クロスフォー(株)から小さな櫛に姿を変えた櫛名田比売をイメージしたピアス豊穣(HOUJOU)がでた。
山梨と宝石「日本の神々『クシナダヒメ(櫛名田比売)』2」48
オロチ族の住んでいた高句麗の地は中国に隣接してたので、紀元前の早い時期からそれらの文化を吸収して先進国だったといわれるその反面、中国で長く続いた「春秋戦国時代」の戦乱の被害者でもあった。そのような事態から逃れようとする人々は否応なしに、そのころ敵地であった陸続きの新羅や百済に流入する一方、命がけで冒険の道を選んだ多くの人々がいたようだ。そして海の彼方に希望を託し、海流と北西風の力をかりてたどり着いたところが能登半島を中心とする日本海沿岸の地域であったと『記・紀』や『続日本記』の記録から推測できるとのこと。「オロ→ノロ→ノト」と行音の変化により「能登」と表記されたらしい。またオロチ族が住み始めた「鳥取」という地名も「オロリ→ロロリ→トトリ→トットリ」に変化した結果だという。彼らは福井県から鳥取県中部にいたる地域に、数多くの弥生遺跡や前期古墳(方墳、四隅古墳)を残し、北方系の麦・粟・稗などの農耕技術をもたらした。ところが、すでに出雲周辺には韓国南部の伽耶の地から渡来(天下った)していた人たちが住んでいて稲作にたけていた。ちなみに、出雲国のほうが後日の大和国よりも、はるかに進んでいる文明の地だったと思わせる「出雲は大和根(ね)の国」と『記・紀』に記録がある。オロチ族は鉄剣をふるって、粟や稗ではとうてい及ばないそれらの美味い米を手に入れながら侵略して、都を島根県の東部「安来」に定めて長い間君臨するも、乱暴な振る舞いで住人を苦しめていたことから「ヤマタノオロチ退治」に発展していく。そのことは『記・紀』によると、スサノオノミコトが息子のイソタケル(五十猛)またの名をオオヤビコノミコト(大屋毘古命)とともに「高天が原」から天下る(追放された)場面から始まる。まずは、韓国の新羅に位置する曽尸茂梨(そしもり)「=牛頭のことで、京都の八坂神社の祭神・牛頭天皇=スサノウを指す」に行ったことが実際に記されており、そののちに出雲の地へやって来た。そしてアシナヅチ(足名椎命)、テナヅチ(手名椎命)の夫婦と出会い心情を受け入れ、1人残された娘のクシナダヒメ(櫛名田比売)との結婚を条件にヤマタ(大勢)のオロチ(高句麗の地)族退治を申しでた。
さて、クロスフォー(株)から櫛名田比売の櫛と稲穂をモチーフにペンダント豊穣(HOUJOU)小サイズがでた。
山梨と宝石「日本の神々『櫛名田比売』1」47
日本の神話にて最初に刻まれた神の名は、アメノミナカヌシ(
さて、クロスフォー(株)から櫛名田比売の櫛と稲穂をモチーフにしたペンダント豊穣(HOUJOU)が出た。
山梨と宝石「日本の神々『コノハナサクヤヒメ(木花之佐久夜毘売)3」46
ところで、山の神(オオヤマツミ)を父にもつコノハナサクヤヒメは、困難な状況下でも無事に出産したので安産・子宝の神様として信仰される一方で、火中出産をしたことが転じて、噴火を鎮める神様としても崇められるようになった。静岡県の富士山本宮浅間大社をはじめとする全国約1300社に祀られ、それ以外でも神奈川県の箱根神社など火山にちなんだ神社などで祀られている。さらにニニギノミコトとの結婚のエピソードから、恋愛成就・縁結びの神様としても崇拝される。
さて、桜の語源となった木花之佐久夜毘売だが、その花びらが風に舞う美しさをイメージしたリング花雫(HANASHIZUKU)が(株)クロスフォーからでた。
山梨と宝石「日本の神々『コノハナサクヤヒメ(木花佐久夜毘売)』2」45
ところで、ある日、海彦・山彦兄弟は猟具を交換してヤマヒコは魚釣りに出かけるも兄の釣り針を失くして途方に暮れているとシオツチノカミ(塩椎神)から、海底の宮殿に行くように言われさっそく赴く。そして海神のオオワタツミ(大綿津見神)と、ヤマヒコを見るなり結婚を決めた娘のトヨタマヒメ(豊玉姫)に歓迎され、なくした釣り針を探し始め、咽喉に釣り針が引っかかった鯛がいたので調べると兄のものだった。ヤマヒコは数年間そこに留まってから釣り針を返しに行くもウミヒコの怒りは収まらず、兄に呪いをかけて屈服させた。その後、トヨタマヒメは、地上での出産を覗くなと告げるもヤマヒコが禁を破ったので、ウガヤフキアエズノミコト(鸕鶿草葺不合尊)を生むと海に去った。その妹タマヨリヒメ(玉依姫)により育てられ成人したフキアエズは、なんと叔母であるタマヨリヒメを妻にして4人の子をもつ。そしてその内のワカミケヌノミコト(若御毛沼命)は神話上の初代・神武天皇となる。ちなみに、韓国の古代史によると伽耶国の本家は上伽耶で「ウガヤ」を称する。またその名があるのは、神武の王朝が天つ神の系譜のなかでも最高の血筋であり『東日流外三郡誌』『竹内文書』によると、神武王朝以前にウガヤ王朝が七十三代続いていたという。
さて、(株)クロスフォーから木花佐久夜毘売をイメージしたペンダント花雫(HANASHIZUKU)がでた。