トプカピのエメラルドの短剣
世界で最も価値のあるエメラルドが4つ嵌められている短剣がある。それは18世紀の半ば、オスマン帝国(イスタンブール)の皇帝マフムード1世がお抱え職人につくらせたものだ。この短剣は、その頃オスマン帝国とのあいだで激しい戦争をくり広げていた、ペルシャのナポレオンともいわれる支配者のナーディル・シャー(その地域で最強軍隊の司令官)を懐柔するための贈り物にする予定だった。宝石に目のないシャーはインド遠征の際にコ・イ・ヌール(光の山)・ダイヤモンドを含む数多くの宝石を略奪したことが知られていたから、この選択は賢明だった。だがそれから間もなくして両国は和平を結んだので、それの授受が施されることになるが、マフムードの用意した贈呈品のなかにこの豪華な短剣も含まれていた。
イスラム世界でもエメラルドはとても高評価で珍重されており、短剣の上部と下部にセットされた大きな石はペアシェイプ、中央の石は長方形のクッションカットで、柄の頂点につけられた八角形の石は持ち上げると時計が現れる仕組みになっている。これらのエメラルドは、特に希少性の高いコロンビアのムゾー鉱山で産出されたもの(石の中に特徴となる液体・気体・個体など3層構造が見られる)といわれる。柄と鞘はダイヤモンドをセットしたゴールドからなり、さらにエメラルドと真珠が施されている。この豪奢で唯一無二の宝飾品を贈るという決断から、マフムードの真の愛と平和を願ったことが感じられるが、奇しくもこれらはエメラルドが持つ象徴である。
ところが、何とシャーは短剣を目にすることはなかった。これが届く前、就寝中に暗殺されてしまったからだ。その知らせを受けた運搬人の一隊は自国に戻り、この貴重な短剣はトプカピ宮殿に置かれることになった。現在もそこに展示され、気品と威厳を誇っている。