縁起物と宝石「日本の神仏と習合した弁財天2」13
日本古来の民族思想の中には龍蛇を神とし祖先とする思想が潜在するが、弁財天はそれとすこぶる関係が深く特には龍蛇そのものを弁財天とみることもあり、仏教の女神の中で一番日本に同化しやすい性質を持っていた。また当時の大楽思想から発する現生利益の希いの現世極楽のイメージは、弁財天を通じて龍宮にも重なるものがあった。宗像三女神を祀る北九州の島やその対岸、安芸の厳島、牡鹿半島南端方向にある金華山島、そして琵琶湖に位置する竹生島など諸所の池沼の中島や水辺の風光良くして神聖な場所と見られる所には、仏教で説く天上界であり極楽浄土として見なされ弁財天の居ます場所と考えられ龍宮の乙姫様のイメージにも合致した。また仏教で説く死後の極楽浄土ではなく、生きている時点で極楽を願う日本の古い伝承である龍宮世界の具現であり、日本古来の神と習合した弁財天にそれを託す希望があった。平清盛は青年時代の不遇の頃に弁財天に祈り位人臣(くらいじんしん)を極めて富裕になってから、奉賽のために現実の極楽浄土として厳島神社を龍宮に見紛うほど壮麗に建立した。
弁財天は、このほかに農耕の豊穣を希う宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)や稲荷神と結びつき、大衆の理想郷を託す神として全国に広く祀られるようになり仏教・神道の別なき必須な神の存在であった。そして美貌の神・女性像としても理想的で、日本古来の女性尊重には相応しい対象であり、馴染みも深く女菩薩思想に適合していた。一方で、釈迦が悟りを開く直前までは夜叉などが恐ろしい姿で威嚇したり妖艶な女性の姿になって誘惑したという説話から、当時の一部の僧侶によって女性は軽視の風潮とともに不浄ゆえ成仏できぬとの思想もあった。だが、法華経「提婆達多品第十二」の後半部分に、即身成仏の証し:龍女が自らの男子の姿に変身し、たちまち仏となって妙法を説いたという説話がある。さらに一休和尚が遊女を拝したと同じく女性尊重で理解者であった当時の知識階級の1人者である九条兼実は『玉葉』の中で、
平安時代後期の天台宗の僧 澄憲僧都(ちょうけんそうず)の法話として、「一切の女人は三世諸仏の母であるが、一切の男子は諸仏の父ではない」という意味のことを記している。


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