縁起物と宝石「七福神と蛇のネックレス」8
インド伝来の仏教経典『仁王教』の中にある「七難即滅、七福即生」という言葉が元となった、古くから日本人に「幸福は海の向こうからやってくる」という考えから由来する『七福神』恵比寿、大黒天、毘沙門天、福禄寿、寿老人、弁財天、布袋は、それぞれがヒンドゥー教、仏教、道教、神道など様々な背景をもつ。大黒天はヒンドゥー教のシヴァ神の化身(マハーカーラ神)で、日本古来の大国主命と習合され、大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。ちなみに、伝教大師最澄が比叡山にてはじめて大黒様を台所の神として祀ると、やがて徐々に民間に広まっていった。唯一日本由来の神である恵比寿は、大国主命の息子「事代主神(コトシロヌシ)」と言われて、古くは「大漁追福」の漁業の神として祀られ、やがて商売繁盛、五穀豊穣をもたらす福の神とされた。この二神は親子関係であることから、恵比寿・大黒とセットで並ぶ所以となったようだ。また、初期の恵比寿は毘沙門天を本地とすると考えられており、この三神はともに信仰されるようになった。毘沙門天はヒンドゥー教のクベーラ(福徳増進)神であったが、仏教に取り入れられると戦いの神として平安時代以降、京都の鞍馬寺の本尊として祀られ信仰される。元ヒンドゥー教のサラスヴァティ神である仏教に取り入れられた、七福神の中で紅一点となる弁財天は、音楽・弁才・財福・智慧のある神として選ばれた。そして、平安末期~鎌倉初期の頃、近江の竹生島の弁天信仰が盛んになると、毘沙門天の代わりに「恵比寿・大黒・弁財天」を信仰するケースも増えていった。室町時代、中国から長寿と福禄をもたらす道教の福禄寿・寿老人(ともに南極星(カノープス)の化身の南極老人で同一とみなされ、七福神にもう一神加えられるケースもある)と、布袋尊(唐の末期に実存した仏教の禅僧)が日本にやって来て認知された。そして室町時代末ごろ、それらをまとめた七柱の神仏が近畿地方から発祥した。その頃から始まった、正月に行われる七福神を祀る寺社巡りの行事は、縁起を呼ぶお参りとして有名で、現在でも絶大な人気となっているが、普段の日に巡ってもご利益は期待できるそうだ。さらに、正月枕の下に「七福神の乗った宝船の絵」を入れておくと縁起の良い初夢が見られるといわれるが、財運に関しては普段から弁天様の眷属である蛇(巳)の宝石を身に付けると効果があるそうだ。


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