縁起物と宝石「琵琶湖の竹生島神社の妙音弁財天と淡水真珠」15
平安時代末期『平家物語』に登場する平経正が戦勝祈願でこの島を訪れ琵琶を奏じたところ、弁財天が感応して白龍が現れたという伝説があるが、琵琶湖という呼称は14世紀の初頭、比叡山延暦寺の学僧光宗(1274~1347)が記した文献『渓嵐拾葉集(けいらんしゅうようしゅう』に「琵琶の形に似たり」と表記されたことにはじまる。そこに浮かぶ竹生島の名について諸説あるが、孝霊天皇の御代(紀元前290年~215年)、『近江国風土記』逸文に登場する霜速彦命の姪である浅井姫命は、天から降りて琵琶湖の北方に島を作りそこにいろいろな植物の種を播いたところ、1番初めに竹篠が生えたので竹生島と名付けられたとある。そして産土神として祀られたが、湖水を支配する水の神ともいわれたことから後に弁財天と習合する。平安時代に入ると神仏習合が進み、御祭神に市杵島比売命(琵琶をもつ弁財天)、宇賀福神(白巳)、浅井姫命(産土神)と龍神の四柱の神様をお祀りする竹生島神社(都久夫須麻神社)は宝厳寺を神社の神宮寺として管掌されてきたが、明治の神仏分離令によりそれらは岐れ、宝巌寺の弁財天堂を神社の本殿としたことから竹生島の神は弁財天とされた。
ところで、弁財天と縁が深い宝石の一つに真珠があげられるが、琵琶湖の天然淡水真珠はとても希少なもので滅多にお目にかかれない。そして日本最大の湖とされる琵琶湖では約90年前からこの湖特有のイケチョウガイを母貝とする淡水真珠の養殖が行われてきたが1980年以降、水質悪化などの影響で生産量が激変するも、その美しい光沢と一つ一つ違う色や形の個性が見直され、復興が進められているがこれらも現時点では希少な存在となっている。海で育つアコヤ真珠や南洋真珠には中心に核があり(養殖の場合は人工的に埋め込む)それを痛みに感じる貝は、それを覆うようにだす分泌物が真珠層となり美しく丸っこい真珠が誕生する。しかし核の大きさに対してその層は薄いため、傷・衝撃・汗などに弱く経年変化も伴う。一方、アジア地域の綺麗な水質の川や湖で、約3~7年という非常に長い年月をかけて育つ繊細な宝石の一種の淡水真珠には核がほとんど無いため歪な形が多いが、全てが真珠層で形成されているため、核をもつ真珠の弱点は殆どなく非常に扱いやすく日常使いに適する。
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