Jewelry sommeliere

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津延美衣(つのべみえ)NY州立大学FIT卒業。米国宝石学会鑑定有資格者(GIA-GG,AJP) 運命学・自然医学・アート・アロマテラピー・食文化などの知識を元に感動的な人生を描くプランナー・エッセイスト・キュレーター兼ジュエリーソムリエール(Jewelry sommeliere) 美時間代表。

2026年6月8日月曜日

週刊NY生活No.1015 7/19/25 宝石伝説90縁起物と宝石「吉祥天女と宝飾品」10

          
          縁起物と宝石「吉祥天女と宝飾品」10


 天照大神や卑弥呼など、最近の古墳発掘例から女性の首長と思われる報告が多いのは、古来から女性を尊敬し神格化して仰ぐ傾向が強いことを示しそれは仏教伝来後も続いた。特に奈良時代、女帝となった光明皇后は観世音菩薩に見立てられるなど人々の仰ぎ拝む存在であった。平安時代、貴族たちは王朝文化を謳歌し極楽浄土を現実のものと希うために寺院を荘厳し現世利益を願ったので、人に幸せを与える天部の神への関心はさらに強まった。『金光明最勝王経』の中の大吉祥天女品にその功徳が説かれている吉祥天は至福をもたらす神で、主尊として特に宮中や一部貴族に厚く信仰されたために国家的見地からの信仰として、五穀豊穣鎮護国家のために祈られ、吉祥悔過会(毎年正月に、吉祥天を祀って災いを払い、福徳を招くことを祈る法会)が行われ盛んに信仰された。ちなみに弁財天信仰はそれに次いで盛んであったが、吉祥天信仰を凌ぐようになったのは平安時代末期からである。また吉祥天女は、七福神の中で紅一点となる弁財天の代わりに入るケースや、寿老人と福禄寿が同体異名とされるとその代わりに加えられ紅ニ点の七福神になる場合もある。吉祥天とは、美、幸運、繁栄、豊穣をもたらすヒンドゥー教の女神ラクシュミー(宇宙の創造・維持・破壊の三大神の中の維持を司るヴィシュヌ神の妃)を起源とし、仏教において「大吉祥天女」と呼ばれ父は徳叉迦龍王、母は鬼子母神とあり、日本においては毘沙門天の妃とされ、特に富と繁栄、家庭の安寧、金運向上、美貌をもたらす。その吉祥天女を題材にして作られた話が、日本最古の説話集『日本霊異記』(平安初期、延暦~弘仁の時代に生きた南部薬師寺の僧「景戒(きょうかい)」の編した仏教説話集)にある。この説話集は景戒の人生において感動し共鳴したことなどの条々を書き記したもので、赤裸々で生々しい人生観に裏付けされた人情の機敏をついた世間話を百十余話集めたものとなっている。そもそも日本の仏教は管の保護と統制を受けて発展を遂げており、坊さんになるのにも官許を要したが、そこからはみ出した坊さん志願者は、勝手に頭をまるめて「私度僧」となったがその1人が景戒で、しかも妻子もちであった。

ところで、吉祥天が豪華な装束に、宝冠、瓔珞、腕輪など身につけているのは、美しさや富そして幸福を象徴する重要な要素となっている。

 


週刊NY生活No.1015 7/19/25 宝石伝説89縁起物と宝石「諸天善神と宝飾品」9

          
           縁起物と宝石「諸天善神と宝飾品」9


 8世紀頃、義浄(唐の僧)自らインドから招来し経典を新たに漢訳した『金光明最勝王経』が日本に伝わると、聖武天皇は写経して全国に配布した。そして741年、仏教による国家鎮護のため各地に国分寺の建立を命じた。この経典の主な内容は、空の思想を基調とし、この経を広め読誦して正法をもって国王が施政すれば国は豊かになり、四天王をはじめ弁財天や吉祥天、堅牢地神(大地をつかさどる神)などの諸天善神の功徳が得られ国を守護するとある。本来の仏教は、人間が善行を積み修行して到達する悟りを得ることを目的とする。ところが、民衆が求めている現世利益を否定してしまうと布教上思わしくないことから仏教教団は発展していく上に、因果応報的な考えを加味した修行と善行を積んで信仰すれば現世にて利益があるといった方針に変えていく。したがって、主尊である如来や菩薩の護法神としての脇侍であった天部の神々は主尊として祀られるようになった。それらは、梵天・帝釈天・金剛力士・四天王・十二神将・十二天・八部衆その他と、女神は、吉祥天・弁財天・摩利支天・伎芸天・荼吉尼天・訶梨帝母。そのうち現益能力が最も優れる吉祥天と弁財天は、にわかに日本の人々に厚い信仰をうけるようになった。それは『記・紀』にある天照大神や、『魏志』倭人伝の卑弥呼など、元々昔から女性を尊敬する観念が深く根付いているからだ。一方で、日本古来の信仰も現世利益を願う神が対象であったから仏教が入って来ても天部の神々が好まれ、特に美しく慈悲溢れる麗容である女神には馴染みやすく親しみを感じていた。

 ところで、如来以外の菩薩や諸天善神などの仏像を見ると、宝冠をかぶり、瓔珞(ようらく)=ネックレスを付け、腕釧(わんせん)=ブレスレット、臂釧(ひせん)=上腕の飾り、足釧(そくせん)=足飾りなどの宝飾品を身に付けている。一般的には、出家前の王族だったころのお釈迦様の姿を象徴し、慈悲深い心を表現したとなっている。実際に、法華経にある七宝(金・銀・瑠璃=ラピスラズリ・玻璃=クリスタル・硨磲=しゃこ貝・真珠・玫瑰=ロードクロサイト)や、仏教用語の金剛不壊(きわめて堅固で決して壊れない)が由来となったインド原産の金剛石(ダイヤモンド)などを身に付けていた可能性は高い。おそらく当時から、宝飾品としてだけではなく、守護石としての役割を兼ねて身に付けていたと思う。


週刊NY生活NO.1007 5/17/25 宝石伝説88縁起物と宝石「七福神と蛇のネックレス」8

           

          縁起物と宝石「七福神と蛇のネックレス」8


 インド伝来の仏教経典『仁王教』の中にある「七難即滅、七福即生」という言葉が元となった、古くから日本人に「幸福は海の向こうからやってくる」という考えから由来する『七福神』恵比寿、大黒天、毘沙門天、福禄寿、寿老人、弁財天、布袋は、それぞれがヒンドゥー教、仏教、道教、神道など様々な背景をもつ。大黒天はヒンドゥー教のシヴァ神の化身(マハーカーラ神)で、日本古来の大国主命と習合され、大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。ちなみに、伝教大師最澄が比叡山にてはじめて大黒様を台所の神として祀ると、やがて徐々に民間に広まっていった。唯一日本由来の神である恵比寿は、大国主命の息子「事代主神(コトシロヌシ)」と言われて、古くは「大漁追福」の漁業の神として祀られ、やがて商売繁盛、五穀豊穣をもたらす福の神とされた。この二神は親子関係であることから、恵比寿・大黒とセットで並ぶ所以となったようだ。また、初期の恵比寿は毘沙門天を本地とすると考えられており、この三神はともに信仰されるようになった。毘沙門天はヒンドゥー教のクベーラ(福徳増進)神であったが、仏教に取り入れられると戦いの神として平安時代以降、京都の鞍馬寺の本尊として祀られ信仰される。元ヒンドゥー教のサラスヴァティ神である仏教に取り入れられた、七福神の中で紅一点となる弁財天は、音楽・弁才・財福・智慧のある神として選ばれた。そして、平安末期~鎌倉初期の頃、近江の竹生島の弁天信仰が盛んになると、毘沙門天の代わりに「恵比寿・大黒・弁財天」を信仰するケースも増えていった。室町時代、中国から長寿と福禄をもたらす道教の福禄寿・寿老人(ともに南極星(カノープス)の化身の南極老人で同一とみなされ、七福神にもう一神加えられるケースもある)と、布袋尊(唐の末期に実存した仏教の禅僧)が日本にやって来て認知された。そして室町時代末ごろ、それらをまとめた七柱の神仏が近畿地方から発祥した。その頃から始まった、正月に行われる七福神を祀る寺社巡りの行事は、縁起を呼ぶお参りとして有名で、現在でも絶大な人気となっているが、普段の日に巡ってもご利益は期待できるそうだ。さらに、正月枕の下に「七福神の乗った宝船の絵」を入れておくと縁起の良い初夢が見られるといわれるが、財運に関しては普段から弁天様の眷属である蛇(巳)の宝石を身に付けると効果があるそうだ。


2026年6月7日日曜日

週刊NY生活No.10034/19/25 宝石伝説87縁起物と宝石「天赦日に蛇の指輪」7

           
           縁起物と宝石「天赦日に蛇の指輪」7

 

 白蛇は、神(弁財天)の仕えとしての存在を私たちに知らしめる意味で実存の姿で現れたとされる。ところで弁財天とは、インドの最も古い聖典『リグ・ヴェータ』において、聖なるサラスヴァティ川の化身で地球上の大河を司り、息とし生きるものの生命の根源である水の神様サラスヴァティのことで、よどみなく流れる水のように弁舌がさわやかであるとの連想から「妙音天」「弁才天」「大弁功徳天」などと意訳される。いわゆる流れるもの全てをになう(言葉・弁舌や知識、音楽など)女神のことで、日本には仏教伝来時に『金光明最勝王経』を通じて中国から伝えられた。この女神は、神仏習合思想の本地垂迹(ほんじすいじゃく)にて、日本神話に登場する宗像三女神の一柱である市杵島姫命と同一視されることが多く、さらには古くから日本人に「幸福は海の向こうからやってくる」という考えがあったことに由来する『七福神』(七つの災難が消え、七つの福が生まれるのを意味する仏教経典『仁王教』の中の「七難即滅、七福即生」という言葉が元になったという)の一尊として宝船にも乗っている。

 インドのヒンドゥー教による宇宙の成り立ちと根源は、創造(ブラフマー神)・維持(ビシュヌ神)・破壊(シバ神)で、これら3神は一体と考えられトリムールティ(三神一体)と呼ばれ、紀元前500年以降に定着されたと考えられている。サラスヴァティはそのうちの創造の神ブラフマーの妻で、日本に入って来てから、技芸ごと、財運=商売繁盛などをもたらす胡座を描いて流暢に琵琶を奏でる妙音弁財天と呼ばれ、白蛇は弁財天の一部でもあり眷族となって、本来の不老長寿の力を発揮し弁天さまを支えながら財運の部分を掌る。国内には弁財天や白蛇神を祀る神社仏閣が多く点在しており三大弁財天は、安芸の宮島大願寺、近江の竹生島宝巌寺、江ノ島神社といわれ、それらに天川村の天河大弁財天社、金華山の黄金山神社が加わり五大弁天となる。一方で、八本の腕にそれぞれに宝珠や輪宝、剣・鉾・鉤(かぎ)・長杵・鉄輪・羂索(けんさく)などをもち、頭上には宇賀神(うがじん)(蛇の体と年老いた男の顔の姿の穀物神)を頂く、財運向上や金運上昇、開運、勝負運などのご利益があるとされる八臂弁財天が存在する。

 さて、天赦日(中国の伝統的な暦で、吉祥を招く日として重要視されている)に蛇の指輪をすると幸運を引き寄せると言われている。

週刊NY生活No.999 3/15/25 宝石伝説86縁起物と宝石「双頭をもつ蛇の指輪」6

         
                         縁起物と宝石「双頭をもつ蛇の指輪」6


 陰暦の10月の別名は「神無月」だが、出雲地域以外のことを指す。それに対し、出雲地方だけは「神在月(かみありづき)」と呼ばれるその訳は、その期間、出雲に全国の神々(須佐之男命や大国主命など「国津神」系を指し、天照大神などの「天津神」は除く)が集まり一堂に会するからだ。出雲大社の西方約1キロの稲佐の浜では全国の神々をお迎えする古式豊かな「神迎(かみむかえ)神事」が執り行われる。その後、到着された神々は御使神「龍蛇神」さまを先導として出雲大社まで御神幸(みしんこう)する。それから拝殿にて奉迎の神迎祭が行われる。この神在月において、特に重要視されるのが「龍蛇神」さまの存在だ。龍蛇神は、海蛇の神様でもあり、水に住む「龍」から火難、水難除け、地に住む「蛇」から土地の災難よけの2つの信仰が融合し、田んぼや農作物を守る存在となり日本各地で稲作と深い結びつきをもった。また、蛇は古来より再生や生まれ変わりを象徴し人々はその力に畏敬の念を抱いてきたとされる。現実に、蛇は世界中で4,000種以上が生息しており、国内では猛毒をもつマムシやヤマガシを含めた約8種類となる。屋根裏などに住みつきネズミなどを捕獲してくれることから家の守り神として大事にされてきた、気性がおとなしく毒を持たない代表的な日本固有種でくすんだ緑色した、2メートルの全長にもなる最大なアオダイショウは、金運アップや子孫繁栄、健康・長寿を暗示する縁起の良い存在で幸せをもたらしてくれると信じられてきた。さらに、神社などでご祭神として崇められてきた世界的にも非常に珍しく貴重で学術的評価も高いとされる白蛇は、アオダイショウのアルビノが遺伝的に固定している種で、目はルビーのように赤く、全身は白く光沢があり清楚な姿でとても神秘的だ。およそ260年前に書かれた「岩邑年代記(がんゆうねんだいき)」によると、白蛇は今から約400年前、岩国に移封された藩主吉川広家(きっかわひろいえ)が錦見一帯で米作りに努めたころ、多くの米倉でネズミを餌にしていたアオダイショウの色素細胞のない変種として遺伝し生まれてきたとされる。そして当時の人々がこの珍しい白蛇を有益で幸運を呼ぶ家の守り神として、その数を増やしたと考えられている。

 さて、ヘビの頭が外側は厄除けになり、内側に向けると金運アップになる双頭指輪は、画竜点睛の思いが込められた逸品だ。

週刊NY生活No.995 /2/15/25 宝石伝説85縁起物と宝石「巳(蛇)と指輪」5

            
           縁起物と宝石「巳(蛇)と指輪」5


 今年(2025年)は2月3日から、十干の「乙(きのと)」と十二支の「巳(み)」が組み合わさった干支「乙巳」となった。十干は中国でもともと一から十を数えるために使われてた言葉で、陰陽五行にも通じる考え方から5つの要素の木・火・土・金・水にそれぞれ「陽=兄(え)と「陰=弟(と)」があり、合わせて干支(えと)とした。乙は「木の要素をもち、草木がしなやかに伸びて横へと広がる様子の意味。また巳(み・へび)は、神様の使いとして大切にされてきた生きもので、脱皮を繰り返すことから不老不死のシンボル。そこから、「乙巳」の年は、昨年の節分から今年2月2日までの「甲辰(きのえたつ)」がもつ意味合い(力強く、陽気で積極的なエネルギーに満ち溢れ、大きな動きがあり良い方向へと変わる。さらに、あまねく光に照らされ急速な成長と変化が起きる)を引き継いで、再生や変化を繰り返しながら柔軟に発展していく年になるといわれている。日本の「今昔物語」にて、雷が発生すると龍のような姿の雷が大きな音とともに落ちると周りがふるえることから、振動の意がある「辰(ふるう)」は「龍」に喩えられ「辰」=「龍」になったとのこと。インドの神のナーガ(蛇神)は仏教に取り入れられ、中国古来の龍神信仰と習合して龍王となった。その龍は、角・四足・鱗のある蛇体で、水中に住み雲や雨を起こしたり飛行して稲妻を放つ。この龍が日本に伝来し、蛇信仰に影響を与えていく。そして仏教に取り入れられた龍は仏法を守護する八部衆に数えられ、『法華経』では八大龍王として説かれている。八大龍王の力を借りて雨を降らせる祈雨の法が僧侶によって行われていくと、その信仰は民間に伝わり龍神に雨を乞う行事が全国的に広まっていくが、水をつかさどる性格は龍と蛇は重なりあい、「龍蛇神」として人々の間でも信仰されるようになった。そもそも龍(辰)と蛇(巳)は切っても切り離せない関係で、四文字熟語にも登場する。それらは、「辰巳天井」(干支にちなみその年の相場展開を言い表した高値を付けるの意)「辰巳言葉」(江戸時代に深川の遊女や芸者が威勢のよさを売り物にするため用いた「ありんす」「ござんす」など)「辰巳下がり」(言葉や行動が柔らかく洗練されている様子を指す) なお、「辰巳上がり」とは粗暴な言動を指す。

 さて、蛇は不老長寿を連想させることから、縁起の良い白金や黄(金)による蛇の指輪などを普段から身に付けるとお守りになる。

2025年2月3日月曜日

週刊NY生活No.9911/18/25' 宝石伝説84 縁起物と宝石「龍と如意宝珠(血赤珊瑚)」4

        
         縁起物と宝石「龍と如意宝珠(血赤珊瑚)」4

 

 天台宗の開祖である最澄は、法華経を教義として「誰でも平等に成仏できる」という考え方を大切にし、仏の教えの根本は一つであるという「法華一乗=全ての仏教は大乗の悟りに至るため」の思想を展開した。法華経の「薬草喩品第五」に三草二木の喩えがある。それは、大小様々な草木(衆生をさす)が生い茂っている森林(世の中)に、雨は平等にあまねく降りそそぐという一乗の教えだ。そして草木はみなそれぞれの大きさ(今世で授かった己の器)にしたがって潤い共存共栄し生長していく。すなわち成仏とは、世の中の真理(自分が存在している境遇)に目覚め、真実を見抜く洞察力を磨き、今世での己の器を理解して最大限にそれを活用し前向きに生きていくための智慧をだすこと。ちなみに大乗とは、多くの者が一緒に目的地に到達する乗り物をさす。また、テーブル上のご馳走を皆んなで頂き喜びをシェアする大欲のことだ。

「提婆達多品(ダイバダッタホン)第十二」にて、女の性は成仏が難しいとされるなか、娑伽羅龍王の第三女龍女がお釈迦さまに如意宝珠を奉納したことにより悟りがひらけ(六道の解脱)ができた。龍神様がもつ如意宝珠には天界(物質世界)において絶対無二の効力がある要素が含まれているのに対し、菩薩界の地蔵菩薩、虚空蔵菩薩、如意輪観音、吉祥天などが手に持つ如意宝珠の意味合いはもっと精神的な要素が大きく、お寺や舎利塔の屋根に宝珠の飾りを取り付けたり、橋の欄干の親柱に「擬宝珠(ぎぼし)」がつけられるのは病を治したり災いを退ける力などになる。

 ところで、昇龍は運気上昇、降龍は幸福を届けるという全てのエネルギーの源。陰陽五行(木・火・土・金・水の5元素)説の思想によると、青龍は「木」にあたり東方を守護。仕事運・勝負運を高め、商売繁盛。赤龍は「火」にあたり南方を守護。意欲・勝負運が高まる。金龍は「土」にあたり中央を守護。五穀豊穣の神で金運・財運を高める。白龍は「金」にあたり西方を守護。精神面・物質面から金運・仕事運・結婚運を高める。黒龍は「水」にあたり北方を守護。人間関係を守り健康運を高める。

 さて、龍は王朝時代、東アジアにて最高位の象徴王に与えられ、一般的に男性が女性に求愛するとき簪(かんざし)をあげる風習があったが、当時、王后に贈られた宝珠の血色珊瑚(幸福・長寿の意味)をくわえる龍(純金七宝仕上げ)の簪は特別な逸品となる。