縁起物と宝石「諸天善神と宝飾品」9
8世紀頃、義浄(唐の僧)自らインドから招来し経典を新たに漢訳した『金光明最勝王経』が日本に伝わると、聖武天皇は写経して全国に配布した。そして741年、仏教による国家鎮護のため各地に国分寺の建立を命じた。この経典の主な内容は、空の思想を基調とし、この経を広め読誦して正法をもって国王が施政すれば国は豊かになり、四天王をはじめ弁財天や吉祥天、堅牢地神(大地をつかさどる神)などの諸天善神の功徳が得られ国を守護するとある。本来の仏教は、人間が善行を積み修行して到達する悟りを得ることを目的とする。ところが、民衆が求めている現世利益を否定してしまうと布教上思わしくないことから仏教教団は発展していく上に、因果応報的な考えを加味した修行と善行を積んで信仰すれば現世にて利益があるといった方針に変えていく。したがって、主尊である如来や菩薩の護法神としての脇侍であった天部の神々は主尊として祀られるようになった。それらは、梵天・帝釈天・金剛力士・四天王・十二神将・十二天・八部衆その他と、女神は、吉祥天・弁財天・摩利支天・伎芸天・荼吉尼天・訶梨帝母。そのうち現益能力が最も優れる吉祥天と弁財天は、にわかに日本の人々に厚い信仰をうけるようになった。それは『記・紀』にある天照大神や、『魏志』倭人伝の卑弥呼など、元々昔から女性を尊敬する観念が深く根付いているからだ。一方で、日本古来の信仰も現世利益を願う神が対象であったから仏教が入って来ても天部の神々が好まれ、特に美しく慈悲溢れる麗容である女神には馴染みやすく親しみを感じていた。
ところで、如来以外の菩薩や諸天善神などの仏像を見ると、宝冠をかぶり、瓔珞(ようらく)=ネックレスを付け、腕釧(わんせん)=ブレスレット、臂釧(ひせん)=上腕の飾り、足釧(そくせん)=足飾りなどの宝飾品を身に付けている。一般的には、出家前の王族だったころのお釈迦様の姿を象徴し、慈悲深い心を表現したとなっている。実際に、法華経にある七宝(金・銀・瑠璃=ラピスラズリ・玻璃=クリスタル・硨磲=しゃこ貝・真珠・玫瑰=ロードクロサイト)や、仏教用語の金剛不壊(きわめて堅固で決して壊れない)が由来となったインド原産の金剛石(ダイヤモンド)などを身に付けていた可能性は高い。おそらく当時から、宝飾品としてだけではなく、守護石としての役割を兼ねて身に付けていたと思う。
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