ドム・ペドロ
“ It was love at first sight ! ” B.ムーンシュタイナー(「ファンタジーカットの父」と知られる先祖代々宝石研磨職人)は、まるでキラキラ光るわずかに緑がかった透明な青い海の一部をそのまま一瞬にして凍結したような、類まれな大きさのアクアマリンの結晶を目の前にしてこう驚嘆した。
この結晶は、1980年代にブラジルのミナス・ジェライス鉱山地域で発見されたが、採掘者が誤って地面に落とし3つに割れたうちの1つ(長さ60cm重さ27kg)である。そのかつてない大きさ、宝石品質、色合いに感銘を受けたドイツの宝石商ユルゲン・ヘンは共同事業体を作って、ドイツのイーダー・オーバシュタインの至宝ムーンシュタイナーのところに結晶を持ち込んだ。ちなみにここは昔からメノウの産地で、17~18世紀に貴族の間で流行したメノウ彫刻が盛んに行われ、その技術は今でも門外不出と言われる。19世紀に入り、ドイツ人の几帳面で正確無比の素晴らしいカットの腕前が功を奏し、世界でも有数の宝石研磨の街に押し上げた。
結晶に心を奪われたムーンシュタイナーは、結晶自体の勉強に4カ月ほど掛け、さらにこの結晶のファセットパターンを何度も描きなおし、カッティングから最終仕上げのポリッシングに至るまで半年を費やした。そして遂に高さ約35cm、底の幅約10cm、10.363ctの古代エジプトの太陽神を象徴する石柱「オベリスク」のような宝石の彫像を完成させ、この結晶が産出されたブラジルを19世紀に支配した2人の皇帝にちなんでドム・ペドロと命名した。
現在、アメリカワシントンD.Cのスミソニアン国立自然史博物館に展示されているドム・ペドロを正面から見ると、宝石全体に光が反射して屈折する様子が内部から光るように見える。まるで澄み渡る青い海原が、幾何学的に処理された太陽や月の光反射を受けて輝いているようだ。これこそムーンシュタイナーがアクアマリンの結晶に、人生を捧げたオマージュの結晶だ。