故宮博物院「肉形石」
中国の歴史に一石のみならずニ石を投じた世界的にも有名な豚肉料理がある。1079年、中国北宋代の政治家・詩人・書家の 蘇軾(そしょく)は黄州に左遷され、「晴耕雨読」の生活を送りながら当地の豚肉を称えその醤油煮を考案した。また黄州にちなんで彼は東坡居士と号した。北宋第6皇帝の神宗(しんそう)が没した後、彼は中央政界に復帰するが政争に巻き込まれ1089年、再び今度は杭州に左遷される。地元に貢献した彼は、お礼に豚と紹興酒を献上され、得意の豚肉の醤油煮を作り人々に振る舞った。それを絶賛した人々が料理を蘇軾の号から「東坡肉 (トンポーロー)」と名付け、その後料理店でも定番となり現在に至る。調理法は皮付きの豚バラ肉を酒、砂糖、香りづけに八角を加え醤油で煮詰める。これが一石めだ。
ニ石めは、子供の拳くらいの大きさで、テリのある飴色のプルプルとしたゼラチン質の皮の下に、今にも崩れそうなほど柔らかくなったぶ厚い脂身と、わずかな赤身の層が重なる、どの角度から観ても本物そっくりの東坡肉で、「肉形石」の号を持つオブジェだ(作成は清朝時代)。故宮博物院の翡翠白菜の並びに展示され、小腹の空いた人を次々と誘惑する。
オブジェに使用されている石は「カルセドニー (玉髄)」 の仲間である「ジャスパー (碧玉)」と記されているが、この石は不透明で湾曲の縞がないことから、同族の透明度も湾曲の縞も有する、「アゲート(瑪瑙)」であると推測される。ただし、ジャスパーという用語は、特定の命名がされていないカルセドニー全般に用いることがあるので間違いではない。
カルセドニーは水晶と同じクオーツファミリーの鉱物で、あらゆる地域で採取される最も安価な半貴石だ。
先の蘇軾は東坡肉を「金持ちはこんなもの食おうとしないし、貧乏人は煮ることを解しない・・・自分で満足できれば他人がとやかく言うことはない」と詠った。美味なそれと、本来なら金持ちが見向きもしない石に加工を施し「宝の石」に蘇らせた作者不明の「肉形石」に妙な共通点を感じるのだ。