縁起物と宝石「吉祥天女と如意宝珠」11
伝承された日本最古の仏教説話集といわれる『日本霊異記』は、平安時代初期に書かれた『日本国現報善悪霊異記』の略されてた呼び方で、作者は私度僧となってから妻子とともに俗世で暮らし、後に薬師寺の官僧となった景戒(けいかい)である。その私度僧は、貴族を相手に袈裟をつけ念仏を唱えてさえいれば食べていかれる僧とは違い、善男善女のささやかなお布施だけが頼りだった。景戒は中年以降、各地を遍歴するうちに自然と伝承や世間話が耳に入ってきたことをネタにした話を説教の折に入れて聞き手を感心させ、その話題の広さと語り口のうまさで人気タレントだったといわれ、奈良~平安時代初期の人生と実生活の苦しみが滲みでた悪報説話を入れ、当時の人々の様子が伝わってくるところが『霊異記』の魅力だ。一方で、説話集(116話)のうち「夢」を題材(10話)とするなかで、最も興味をひかれるのは中巻第13といわれる。その話は、和泉の国の山寺に吉祥天を祀ってあったが、聖武天皇の御代に一人の優婆塞(うばそく=半僧半俗の行者の在家僧)がやってきてこの寺に住み、天女の像を一目見て恋に陥り、朝晩「天女の如き容好き女を我に賜へ」と祈った。するとある夜、天女の像と婚(くなか)う夢を見たので翌朝になって像をよく見ると、その腰衣に不浄のものが染みついて汚れていた。行者がつくづく恥じて「天女さまと似た人を願っていたのに、天女さまご自身と交わるのはどういうことでしょうか」と声に出して話していたところを聞いていた弟子は非難され追い出された。そして逆切れした弟子は里に下りると、村人にこのことを吹聴して回った。それにも応じることなく作者(景戒)は「信じることを心深くもてば神仏にも通じる」といった楽観的な感想まで加えている吉祥天女を題材にした内容となる。
そのモデルとなった吉祥天女は、中国唐時代の豪奢な貴婦人の姿が特徴で、左手には意のままに願いを叶えるとされる「如意宝珠」を持ち、右手はその宝珠を差し出すような仕ぐさをしている。これは信濃国(現在の長野県)に伝わる優婆塞吉祥天画像といわれるが、一般的には奈良時代、麻布に描かれた「薬師寺吉祥天画像」(国宝)のことで奈良県の薬師寺に所蔵されている。ところで、日本の仏像の中で最も美しいと称賛されるのは、鎌倉時代初期に造られた(作者不明)とされる京都の浄瑠璃寺に鎮座する宝飾品を身に付けた絢爛豪華な「吉祥天(女)立像」(重要文化財)だ。
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