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津延美衣(つのべみえ)NY州立大学FIT卒業。米国宝石学会鑑定有資格者(GIA-GG,AJP) 運命学・自然医学・アート・アロマテラピー・食文化などの知識を元に感動的な人生を描くプランナー・エッセイスト・キュレーター兼ジュエリーソムリエール(Jewelry sommeliere) 美時間代表。

2026年6月8日月曜日

週刊NY生活No.1023 9/20/25宝石伝説92縁起物と宝石「日本の神仏と習合した弁財天1」12

        
縁起物と宝石「日本の神仏と習合した弁才天 1」12


 奈良時代インドから伝承された、ラクシュミー女神を起源とする吉祥天は、当時、本地垂迹(ほんじすいじゃく)説(神道の神々は、仏教の仏や菩薩の仮の姿であるという教え)があったにもかかわらず、富貴繁栄や家庭を護る神として仏教に取り入れられて、貴族階級の信仰を集め主尊として祀られるようになった。ところが平安時代に入ると『金光明最勝王経』に説かれている、弁舌・音楽・学問・除災・幸福を与える神である弁才(財)天がそれを凌ぐようになる。それは、吉祥天がインド以来の神として日本の神に習合しないのに対して弁才天は、宗像三女神の市杵島姫命や、食物・富貴・名誉・福寿を与えてくれる穀物の神であるウカノミタマノカミ(日本神話に登場する女神で『古事記』では宇迦之御魂神、『日本書紀』では倉稲魂命と表記する)と習合したことで、土地や水に縁があり関係する人々の信仰を捷ち取り、ほとんどの人間の願い欲望を充す神とみなされたからだ。神道系の信仰と仏教系の信仰が合体(神仏習合)し、にわかに弁才天信仰が盛んになったと思われる。ちなみに弁才天は、日本の神道系の神と習合する以前は、奈良時代の高貴女性の盛装姿(日本最古の像は東大寺の法華堂に安置されている唐服姿の八臂弁才天立像)で表現されたが、習合してからは天女形のスタイルになってしまったがゆえに、神道系の神が弁才天として民衆に馴染むのも早かったといわれる。『金光明最勝王経』によると日本において、インドにおける河水の神格化から生じた神であるサラスヴァティ–を元とする(河水のごとく流れて常にささやきの音響を発するがごとく能弁にて妙音を発するその手段として琵琶を弾ずる)ニ臂の「妙音弁才天」と、そのヒンドゥー教のサラスヴァティ–像とはまったく異なり八臂をもって自らを荘厳し、矛・宝珠・輪宝・弓・宝杵・鍵・矢・剣をもち、頭には宝冠を戴く「ハ臂弁才天」などがおもに存在する。その姿はまるで戦闘神のようだが、それらは人の幸せを妨害する悪神夜叉類を退治追い払う、怠惰なよこしまな気持ちを破壊する、福徳を希うことを邪魔する悪しき神を征服するための武器だという。後にウカノミタマノカミと習合すると、宇賀神、鳥居(ない場合も)を頭上に載せた日本独特の宇賀神弁才天となって左手には如意宝珠をもつ。

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