Jewelry sommeliere

自分の写真
津延美衣(つのべみえ)NY州立大学FIT卒業。米国宝石学会鑑定有資格者(GIA-GG,AJP) 運命学・自然医学・アート・アロマテラピー・食文化などの知識を元に感動的な人生を描くプランナー・エッセイスト・キュレーター兼ジュエリーソムリエール(Jewelry sommeliere) 美時間代表。

2023年5月10日水曜日

週刊NY生活No.886 10/15/22` 宝石伝説57山梨と宝石「日本の神々『天照大神3と市杵島比売命』とジュエリー

  山梨と宝石「日本の神々『天照大神3と市杵島比売命』とジュエリー30


伊勢神宮とは、天皇家の始祖とされる天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀る皇大神
宮(内宮・伊勢市宇治)と、その御饌(みけつ)神-食べ物の世話をする神を祀るとされる豊受大神宮(外宮・伊勢市山田)の二つを総称したものだ。その天照大神という神名は、わりと新しい時代に成立したもので『日本書紀』によると、石器時代から日本にあった称号ではなく当時はオオヒルメムチ(大日霎貴)と呼ばれ、高天原で田を作ったり、神衣を織ったりして、祭祀を司り日に仕える巫女すなわちシャーマンだった。民俗学的見地からは、アマテラスオオミカミを皇祖神とする天孫種族は縄文時代晩期までに、稲作と機織りの技術をたずさえて九州地方に渡来した種族といわれる。そのころ、初代天皇の崇神天皇(神武天皇、応神天皇とも同一人物との説あり)は、宮廷内にアマテラスとヤマトオクニタマ(倭大国魂)の二社を同床させることは「神の勢いを畏れて共に住みたまふ安からず」といって、皇女をつけたアマテラスを宮廷の外に遷し次の崇仁天皇により伊勢に鎮座させた。そのときアマテラス大神がトヨウケ(豊受)大神を伊勢に呼んだという伝承があり、伊勢に祀られるようになったその起源は、九州の宇佐神宮の御炊殿で祀られていたウカノミタマ(宇迦之御魂)でトヨウケ大神のことだといわれる。また、ニ所宗廟だった宇佐神宮の中央(上座)に祀られている比売大神はアマテラスとスサノウの誓約(うけひ)によって生まれた三女神で(宇佐家の伝承によるとアメノミクダリノカミのこと)称号はイチキシマヒメノミコト(市杵島比売命)。この三位一体の神はそれよりきわめて古くから祀られており、その出生の次第から順序ならびにその居所までいずれも定めにくい奇異な神といわれるが、古代うさ(菟狭)国の拠点があった安芸国にイチキシマヒメノミコトとして総本社(現在は厳島神社)に祀られている。アマテラスから「天孫を助け奉りて祭られよ」と詔勅が下され宗像三女神としても配置された。一方で、初代、宇佐明神(応神天皇)別名「誉田真若」に降嫁したことから比売大神がなぜ上座に居られるのかがこれで理解できる。

さて、株式会社クロスフォーより胸元から御光がさすような天地開闢シリーズ、タイニーピン『光』(HIKARI)がでた。

週刊NY生活No.882 9/17/22` 宝石伝説56山梨と宝石「日本の神々『天照大神2』とジュエリー29

                  山梨と宝石「日本の神々『天照大神2』とジュエリー29


 皇室が祖先に対して祭祀をおこなう日本最高格の神社は「二所宗廟(にしょそうびょ

う)」という(現在は伊勢神宮と岩清水八幡宮)が、奈良・平安時代、宇佐神宮は伊勢神宮以上に重要視されていた宗廟といわれ、聖武天皇の時代に奈良の大仏鋳造のさいや、皇位継承のときなどは宇佐神宮の託宣でものごとを決めていた。その宇佐神宮の神殿の配列は、正面から向かって左より八幡神の応神天皇(神功皇后が「三韓」にでむいて九州に戻ってから産んだ皇子)を祀る一の御殿。中央(上座)は比売神(ひめかみ)の宗像三女神を祀る二の御殿。右は神功皇后=オキナガ・タラシヒメ(『日本書紀』垂仁記によると、帰化した新羅国王の子ヒボコの六代目の孫の子ども)を祀る三の御殿となっている。ヒボコは金属精錬技術集団を率いて渡来してきたとされ、銅や鉄を精錬する技術は農具や武器を製造できる力であり、政治的・経済的にそれらを持たない人々を支配下におく能力を意味したとされる。日本で神社が造られて祭祀が行われるようになると、神の命令を聞いたり祈りを捧げるためのなかつぎ役シャーマン(巫女)が必要になるが、『日本書紀』の記述によると、九州で熊襲(九州南部に居住した部族)がヤマト王権に背きその征伐のときに神功皇后が神がかりの状態になって託宣を下したとある。そのようなことから神功皇后が卑弥呼で、九州宇佐を出発地として発足した邪馬台国が東征して大和政権になったという説がある。さらにそれを裏付けるひとつに、卑弥呼の宗女であった壱与(いよ)が日本最古の輸出品とされる5千個の真珠を中国に献上したことが『魏志倭人伝』に記されている。当時、日本のアコヤガイの生息地は暖かい南九州のような海の底に限られ、さらに天然のアコヤ真珠は1万個からひとつかふたつしか採れず、素潜りのできる海人が大勢必要でなおかつそれらを統括できる巨大な権力が九州に存在していたとわかる。 

 さらに多くの研究者によると、『倭人伝』の記述にある卑弥呼と『記紀』に記されている天照大神に多くの類似点がみうけられ時代がピタリと重なることから、卑弥呼=天照大神の説が浮かび上がっている。

 さて、株式会社クロスフォーから、天照大神のご神体ともいわれる三種の神器の一つ「八咫鏡」をモチーフにした太陽の光に煌めくようなデザインのリングがでた。


週刊NY生活No.878 8/20/22` 宝石伝説55 山梨と宝石「日本の神々『天照大神1』と宝石28



                       山梨と宝石「日本の神々『天照大神1』と宝石」28


 八幡宮の総本社である大分県宇佐神宮のシャーマニズムの伝承によると、現世日本民族において少なくとも八種類以上の種族の混血分化は、日本列島の地理的・地質的、気候や環境の条件により進化・発展・繁栄し、125種のヒトの「種」が生成されたという。諸説あるが、襲名により何代も続いた初めての人格神イザナギ・イザナミの夫婦二神の交合によるもので、神話では八百万の神の誕生につながる。そして国土を開発しそれらを統治管理するため最後に生まれたのが、アマテラスオオミカミ(天照大神)・ツキヨミノミコト(月読尊)・スサノオノミコト(素戔嗚尊)の三貴子だ。そのなかの天照大神は皇室の先祖といわれ、『記・紀』によると最初に神と崇めたのは天武天皇。それは「天皇を神とし、伊勢の皇大神宮は祖廊で同時に宇宙の中心である」とするもの。中国の陰陽五行説の万物の生ずる宇宙の根元は「太極」で、それを神格化して「太一」と呼び大空に不動のまま輝く北極星を「太一」になぞらえ軸とした。この北極星の周囲を巡る北斗七星は、天帝である「太一」の乗り物で、これを御して宇宙に乗り出し四方上下を治めると考えた。北極星は「北辰」ともよばれ古くから君主にたとえられるが『春秋合誠図』という書物に「天皇大帝は北辰の星」と記されている。大和王朝の大王自ら「天皇」を意識して名乗るようになったのは、聖徳太子が隋に遣った「国書」の中に「東天皇敬白西皇帝」とあるのが最初で、天武天皇以降のことになる。天武天皇は壬申の乱の際に天照大神を遥拝して「勝利を得たのは伊勢神宮のご加護があったから」と考えて特別視し、天皇即位後から伊勢神宮を天皇家専用の神宮とした。天照大神は「太一」であることに基づき、五十鈴川のほとりに皇大神宮をおいて内宮とした。さらに「天」を象徴する方位の「乾・西北」渡会の地に下宮として豊受大神を勧請した。神嘗祭(旧9月15日~17日)は、天照大神が豊受大神の神座の前で調理された神田の御稲を食べる宵明けの大御饌(おおみけ」の儀が営まれる最も重要視された祭りになる。ちなみに史実によるとなぜか、持統天皇(天武天皇の皇后)の伊勢巡行以後、明治に至るまで天皇の参拝もなく勅使しか派遣されなかったという。

 さて、株式会社クロスフォーから天地開闢シリーズ、天照大神の後光をイメージし、身に付ける人の願いが叶うようなペンダント『光』(HIKARI)がでた。


週刊NY生活No.874 7/16/22' 宝石伝説54山梨と宝石「日本の神々『禊祓い(みそぎばらい)』とジュエリー」27

 山梨と宝石「日本の神々『禊祓い(みそぎはらい)』とジュエリー27

「ひとり子のために最愛の妻を失った」と、イザナギは火の神を生んで亡くなったイザナミを嘆き涙にむせぶうちに、香具山(奈良県桜井市)にいる泣女がやってきて一緒に泣き悲しんだ。この風習は今でも中国や韓国に残っており葬式には泣女を雇う。そして妻に会いたい気持ちが募り、イザナギは黄泉国に出かけて行った。現代でも青森県下北半島にある恐山のイタコ、沖縄のノロなど「口寄せ」らにより死者との交感をするが、とうじは日常茶飯事であったという。「愛する吾が妻よ。吾とお前による国造りはまだ終わっていないからもう一度帰ってこないか」それに対し「帰りたいから黄泉国の神に許しを得るまで、わたしを見ないで待って下さい」と言われたのに、イザナギは待てずに頭髪の櫛の一本に火をともし妻を見た。するとイザナミの身体はウジが湧きドロドロで、いかずち(雷)が発生していた。イザナギはびっくりして恐れおののき逃げだすと「わたしに恥をおかかせになった」といって邪神を遣わしあとを追わせた。物を投げながら逃げてもどこまでもしつこく追いかけてきたのが、そこに生えていた桃の実を投げたところみな逃げ帰った。その状況証拠といわれる1つの桃の種が1984年、奈良県広陵町の牧野(ぼくや)古墳石室から見つかる。中国でも『春秋左氏伝』の昭公四年の条に「桃は邪気を除くもの」と書かれている。そして自ら追ってきた妻にイザナギは絶縁をいい渡した。イザナミは「それならば、人びとを1日に千人くびり殺す」と放つと「わたしは1日に千五百人の産屋をたてる」と返した。この戦いは現人神であるイザナギが勝利する。『記・紀』の伝承によると、イザナギの「禊祓い」により、左眼を洗うと天照大神が、右眼からは月読命、鼻から素戔嗚尊の三貴子が、そして身に付けていた物からは十二柱の神が誕生したとされる。ところが最初に夫婦二神の和合によってすでに出生していることから諸説あるが、何代ものイザナギ(原日本人の高祖、北方系天孫族)とイザナミ(朝鮮半島から山陰地方に移動した出雲族)が同じ称号を襲名しながら多くの混血分化が生成されたのではとされる。

さて、株式会社クロスフォーから、万物の誕生とその煌めきをイメージしたペンダント『栄耀(EIY0)』がでたが、イザナギの男系祖先は、イザナミにより大いに繁栄してきたのだ。

2022年7月3日日曜日

週刊NY生活No.870 6/18/22' 宝石伝説53山梨と宝石「日本の神々『神婚と虹の橋』とジュエリー26

 
 山梨と宝石「日本の神々『神婚と虹の橋』」とジュエリー26


 『古事記』によると、イザナギとイザナミの二神は天と地をつなぐ天浮橋(あまのうきはし)の上に立って血の交わりをしたと伝える。この橋は虹だといわれ、太陽光線が空中に浮かぶ小さな水滴のなかで反射屈指して起こる光の現象で、吸収されないで反射された波長の光が、赤・黄・青・緑・紫などの色として眼にうつる。ちなみに、虹が天地の通路とする伝承は、昔から民族宗教や土俗信仰と密接なかかわりをもち、日本に限らず古代ゲルマンやインドネシア・台湾の高砂族、インディアンなど、また子どもの霊が虹に乗って昇天するという信仰がオーストラリアやドイツにみられたり、世界的に広く分布している。

 このように、色はものを認識するうえでの基礎になると同時に、光の波動から人間の感情や心理に働きかけることから、絵画などの純粋美術や、服飾、室内装飾など応用美術に取り入れられてきた。女性の高い声を「黄色い声」というように、通常と異なる感覚を生じる知覚現象を「共感覚」という。心の色にも三原色(青・赤・黄)にすべての色を反射する白と吸収する黒を足した五色があり、眼・耳・鼻・舌・身にあてはめた。それになぞられた五欲(性・食・睡眠・財・名誉)に執着する欲界と、執着心は超越した陰陽両性からなる色界(仏教にて、衆生は生死の繰り返しで輪廻するという三界のうちの二つで、あと無色界がある)を現実につないで結ぶのが虹で、古典文学的に天浮橋と表現した。さて、『古事記』の「二神(イザナギ・イザナミ)の神婚」によると、初産は水蛭子(ひるこ)=水子で流産してしまう。そこで二神は天に昇ってお尋ねしたところ、女が先に言葉をかけたことが原因であったことがわかり、今度は逆に男から声がけをしたところ、淡路島をはじめ、四国や九州などの国土がつぎつぎに生まれる。一般にお金のことはお宝といい子どものことを子宝という。古代の日本人は子孫を繁栄させることも、国造り・物造り・家造りなどすべて夫婦の和合によって生成されるとし、生殖行為を神聖なものとしてシャーマニズム的な儀式として重んじ生活していたと思われる。

 さて、市川九團次氏プロデュースによる天地開闢シリーズに、子宝・安産祈願の神として信仰されるイザナミを中心として万物が誕生するイメージをこめたペンダント『繁栄』(HANEI)が株式会社クロスフォーからでた。

週刊NY生活No.866 5/21/22' 宝石伝説52 山梨と宝石「日本の神々『夫婦二神』とジュエリー25

      
 山梨と宝石「日本の神々『夫婦二神』」とジュエリー25

 

 二万年ほど前まで日本列島はアジア大陸の東端を取りまく外環の一部をなし、北はベーリング海峡から、南は台湾・フィリピン・ジャワ・スマトラに至るまで、氷河におおわれた陸続きで現在の日本海と南シナ海のまん中に、中央アジアのカスピ海のような広大な湖海ができていた。日本では、陸続きであった本土と四国が地質時代の断層で淡路島になったと推考され、兵庫県明石の海岸に露出する洪積世の土中から発見された旧石器人類の明石原人の生息地だった。

『記・紀』によると、天地根元・宇宙の大本体である創造神であるアメノミナカヌシ・タカミムスビ・カミムスビの三神は、イザナギノミコトとイザナミノミコトの二神に「この流動している日本の国土を造成して、安定させよ」と命じて、アメノヌボコという玉で飾った立派なホコを、天武の賜物として与えた。そして二神は天と地をつなぐ天浮橋(虹橋)の上に立って、天与のホコを地にさしおろして、あたかもくず粉に熱湯をそそいでかき混ぜてくず湯をつくるように、コロコロとかきまわしかたまらせて引き上げたときに、そのホコの先からしたたり落ちるシオ(潮)が積もって島になった。これがオノコロシマと言われる淡路島のことで、二神が最初につくった立派な国土だ。津名郡一宮町多賀には伊弉諾(いざなぎ)神宮があり、二神が国土経営を終えてから、お亡くなりになられた幽宮(かくりのみや)であると伝えられている。一方で、「ホコでシオをかきまわしてかためる」は男女の営みのことで、すなわち陰陽の作用によって生まれる化学的な事実を正しく上品で、巧妙にいい表わした叙述だと賞賛されている。

 諸説あるが、北方系天孫族のイザナギノミコトはさいしょに出雲族のイザナミノミコトと結婚して国づくりに尽瘁したが、イザナミが火の神(カグツチ)を生んで産褥熱で亡くなったので、同族間から後妻を迎えた。イザナギは襲名で何代もの氏上が存在したといわれ、のちに多くの神々を生んだなかで三貴子(天照大神・月読命・素戔嗚尊)に、さきに開拓した土地の手入れをしたり、住居を造りなおしたりしたそれらを与えて統治管理させたといわれる。

 さて、株式会社クロスフォーから市川九團次氏プロデュースによる天地開闢シリーズ、万物が誕生する煌めきを表現したペンダント『創造』(SOUZOU)が出た。


週刊NY生活No 862 4/16/22' 宝石伝説51山梨と宝石「日本の神々『天地開闢』とジュエリー24

  
  山梨と宝石「日本の神々『天地開闢』とジュエリー」24


 八百万の神は、日本人の宗教の原点「アニミズム」の生物・無機物を問わない万物には神(霊魂)が宿り、それを畏怖し崇拝するところからきておりやがてシャーマニズムに発展していくが、すでに日本最古の歴史書『古事記』のなかに見られる。天地開闢(てんちかいびゃく)とは「天地は初め混沌とした一つのものだったが、分離してこの世界ができた」とする古代中国の思想で、奈良時代に編纂された日本の神話や歴史書『記紀』の一つ、唐や新羅など東アジアに適用する目的があったとされる『日本書紀』に引用された。ちなみに、その8年前に完成していた『古事記』は天皇の領・国土の支配、皇位継承の正当性を国内に示す目的があったという。

 宇宙の創造神ともいわれる日本神話の根元三神とは、天之御中主神(アメノミナカヌシ)・高御産巣日神(タカムスビ)・神産巣日神(カミムスビ)といわれ、そこから四~七代目の神(ウマシアシカビヒコデ・アメノトコタチ・クニノトコタチ・トヨクモノ)までは独神(ひとりがみ)で、ヒトの世には出現していない天神七代とされる。その後、八~十一代目の神(ウヒヂニ・スヒヂニ、ツノグヒ・イキグヒ、オホトノヂ・オホトノベ、オモダルノ・アヤカシコネ)、十二代目の神イザナギ・イザナミ(夫婦二神)から男女対偶の二神になり、現世に現れたことになっている。ヒトの生活ともいえる原始的な家庭生活は十代目のオホトノヂ・オホトノベからはじまったとされるが、この男女対偶神は子と母の対偶で『古事記』中巻、第一三九段「国の大祓を行う」の条にある、上通婚下通婚(おやこたはけ)の中に見られる。子と母と犯せる罪に該当する実母と実子とが交わりをすることだ。これは現代の道徳観からすればご法度であるが、人智が開けない道徳観が生じなかった原始時代において人類は、ほかの哺乳動物と同じような生殖をいとなんでいたようだ。

 ところで、イザナギ(伊邪那岐)・イザナミ(伊邪那美)の夫婦二神の間にも曰くはあったが、天神の命により、天浮橋に立って矛を海におろしかきまわして引き上げる方法を繰り返し、日本の国土を形づくり、多くの子(神々)を生んだ。その時の瞬間をイメージしたジュエリーの1つ『いざなぎ』権與(KENYO)。市川九團次氏プロデュースによる株式会社クロスフォーから、待望の日本の神々にまつわる「天地開闢シリーズ」お目見えした。