Jewelry sommeliere

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津延美衣(つのべみえ)NY州立大学FIT卒業。米国宝石学会鑑定有資格者(GIA-GG,AJP) 運命学・自然医学・アート・アロマテラピー・食文化などの知識を元に感動的な人生を描くプランナー・エッセイスト・キュレーター兼ジュエリーソムリエール(Jewelry sommeliere) 美時間代表。

2026年10月9日金曜日

週刊NY生活No.1038 1/24/26' 宝石伝説96縁起物と宝石「江ノ島の弁財天と海の真珠」16

         
         縁起物と宝石「江ノ島の弁財天と海の真珠」16


 国内に弁財天が祀られている著名な場所は、厳島、江ノ島、竹生島、金華山、富士山、天川の6カ所だ。そのうち東京からほど近い藤沢市に位置する周囲が切り立った崖で洞窟をもつ江ノ島は、諸説あるが『江島縁起』によると、欽明天皇の飛鳥時代(552年)突如、海上に雲が立ち込め天地が激しく揺れ動いた後、無熱地龍王=仏教における八大龍王の一尊の阿那婆達多龍王(あなばだったりゅうおう)の娘である天女(弁財天)が舞い降りるとともに出現したとされる。そして洪水を起こすなど悪行を重ねてきた五頭龍(龍口山と化して人々を災害から守る五頭龍大神となる)が改心して天女と夫婦になったという伝説に由来する。江島神社の起源は、欽明天皇の勅命で島の洞窟(岩屋)に神様を祀ったことが始まりで、弘法大師空海も参拝したとされる。やがて神仏習合であった「金亀山与願寺」として栄え、鎌倉時代に源頼朝が戦いの神としてハ臂弁財天を勧請し、多くの武士たちが訪れた。江戸時代、泰平の世となると、芸能・音楽・知恵また福徳財宝の神としての琵琶をもつ妙音弁財天が信仰されるようになり、徳川家康をはじめ多くの庶民が参拝するほどの信仰を集めた。その後、明治維新の神仏分離令により与願寺の施設は破壊・廃止され、僧侶は神職となり江島神社として存続するようになった。江島神社の三宮と祭神は、近津宮:田寸津(たぎつ)比売命、中津宮:市寸島(いちきしま)比売命と、岩屋に続く本宮の役割を担う奥津宮:多岐津(たぎり)比売命など宗像三女神だ。ちなみに、双方の弁財天は辺津宮にある奉安殿に安置されている。

 さて、江ノ島の弁財天と縁のある真珠は立地からいえば海で育つ真珠となる。それらアコヤ真珠や南洋真珠には中心に核があり(養殖の場合は人工的にビーズを埋め込む)それを痛みに感じる貝は、それを覆うようにだす分泌物が真珠層となり美しく丸っこい真珠が誕生する。アコヤ真珠の大きさは一般的に6~8mmで透明感のある強い光沢が美しいが、核の大きさに対してその層はとても薄いため、傷・衝撃・汗などに弱く経年変化も伴う。一方、南洋真珠は母貝が大きいため8~15mmと割と大粒なものが多く、真珠層も数ミリと厚く形成されるためアコヤよりは丈夫で長持ちする傾向にあり、柔らかな光沢と深みのある上品な輝きを放つ。

  

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