山梨と宝石「日本の神々『夫婦二神』」とジュエリー25
二万年ほど前まで日本列島はアジア大陸の東端を取りまく外環の一部をなし、北はベーリング海峡から、南は台湾・フィリピン・ジャワ・スマトラに至るまで、氷河におおわれた陸続きで現在の日本海と南シナ海のまん中に、中央アジアのカスピ海のような広大な湖海ができていた。日本では、陸続きであった本土と四国が地質時代の断層で淡路島になったと推考され、兵庫県明石の海岸に露出する洪積世の土中から発見された旧石器人類の明石原人の生息地だった。
『記・紀』によると、天地根元・宇宙の大本体である創造神であるアメノミナカヌシ・タカミムスビ・カミムスビの三神は、イザナギノミコトとイザナミノミコトの二神に「この流動している日本の国土を造成して、安定させよ」と命じて、アメノヌボコという玉で飾った立派なホコを、天武の賜物として与えた。そして二神は天と地をつなぐ天浮橋(虹橋)の上に立って、天与のホコを地にさしおろして、あたかもくず粉に熱湯をそそいでかき混ぜてくず湯をつくるように、コロコロとかきまわしかたまらせて引き上げたときに、そのホコの先からしたたり落ちるシオ(潮)が積もって島になった。これがオノコロシマと言われる淡路島のことで、二神が最初につくった立派な国土だ。津名郡一宮町多賀には伊弉諾(いざなぎ)神宮があり、二神が国土経営を終えてから、お亡くなりになられた幽宮(かくりのみや)であると伝えられている。一方で、「ホコでシオをかきまわしてかためる」は男女の営みのことで、すなわち陰陽の作用によって生まれる化学的な事実を正しく上品で、巧妙にいい表わした叙述だと賞賛されている。
諸説あるが、北方系天孫族のイザナギノミコトはさいしょに出雲族のイザナミノミコトと結婚して国づくりに尽瘁したが、イザナミが火の神(カグツチ)を生んで産褥熱で亡くなったので、同族間から後妻を迎えた。イザナギは襲名で何代もの氏上が存在したといわれ、のちに多くの神々を生んだなかで三貴子(天照大神・月読命・素戔嗚尊)に、さきに開拓した土地の手入れをしたり、住居を造りなおしたりしたそれらを与えて統治管理させたといわれる。
さて、株式会社クロスフォーから市川九團次氏プロデュースによる天地開闢シリーズ、万物が誕生する煌めきを表現したペンダント『創造』(SOUZOU)が出た。
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