山梨と宝石「日本の神々『スサノウノミコトとヤマタノオロチ』とジュエリー32
天孫降臨(てんそんこうりん)とは、ニニギノミコト(邇邇藝命)が祖母であるアマテラスオオミカミ(天照大神)の命を受けて高天原から日向国(宮崎県)の高千穂に天下ったことをいう。アメ(天)とは現実に生活している自国から遠く離れた異国をあらわす呼び名で、そのことから『天つ神』は縄文時代や弥生時代に日本の国土以外から新しい文化をたずさえて渡来した祖先といわれる。一方で、それ以前の石器時代、葦原中津(日本の大地のこと)で生まれた、タカミムスビノカミ(高御産巣日神)など北方系天孫種族といわれる日本の国土に住みついていた『国つ神』が存在した。天つ神は、稲作や機織りをもたらした韓国の南部に位置する伽耶(新羅)や、百済、そして製鉄技術をもつ北部の高句麗から渡来してきたという説がある。母権社会文化に由来する太陽神のオオヒルメ(大日孁)「最も古い日本特有の称号の一つ」とは、神霊交感をおこないそれを伝達する女性シャマン(巫女)のアマテラスを指すが、伽耶族といわれる物部氏が信仰する天磐船(あまのいわふね)に乗って舞い降りてきた天つ神(正式名は、天照国照彦火明櫛玉饒速日尊で天火明命(アメノホヒカリ)の別名をもつニニギノミコトの兄『ニギハヤギ』であると推測する方がいるといったミステリアスな存在である。『日本書紀』の第10代崇神天皇の6年の条によると、宮中に「アマテラスオオミカミ(伽耶族)」と「ヤマトノオオクニタマノカミ倭大国魂(高句麗族)」の二神を一緒に祀っていたが、「国内に疾病がはやり、背くものがあって政治をすることが難しい」と恐れをなして、アマテラスを伊勢に鎮座させたのだ。すなわち、縄文晩期から弥生時代の末期までの日本列島内では、稲作文化をもたらしたとされる伽耶族(のちに製鉄の知識まで身につけ始めたその勢力はしだいに大きくなっていく)と、鉄文化を伝えた中国に隣接する高句麗族の間で抗争が絶えまなく続いていたという。その代表的なことがらが、スサノウ(素戔嗚命)によるかの有名な、農民を苦しめていた「ヤマタノオロチ」の退治だ。
さて、株式会社クロスフォーから、スサノウノミコトのヤマタノオロチ退治の神話をモチーフにデザインしたペンダント征討(SEITO)がでた。
0 件のコメント:
コメントを投稿