山梨と宝石「江戸(薩摩)切子から甲州切子カットへ」8
伝統工芸品に興味がある方なら一度は目にしている、ガラスの表面に紋様カットを施して装飾(赤や青の着色が多い)されたグラスは江戸時代から伝わる切子細工という技法だ。
その代表的な江戸切子は、江戸時代後期(1830年代)大伝馬町でビードロ問屋を営んでいた加賀屋久兵衛が、西洋から持ち込まれたガラス製品に金剛砂を用いて細工をしたのが始まり。当時、黒船が来航したときの献上品であった加賀屋の切子瓶を見たペリーはその美しさに感銘を受けたという。そして明治時代に入るとガラス製作が政府の事業となり、ヨーロッパの新しい技術も導入してその伝統は絶えることなく現代に受け継がれている。一方、薩摩切子は薩摩藩主28代目の島津斎彬が諸藩に先がけ、製鉄、紡績など大規模な近代事業を推進したうちの一つだったガラス工場で生まれた。「薩摩の紅ガラス」と称賛されるほど、美しいガラスの着色方法も次々に研究するなか、1863年薩英戦争で工場が消失、明治時代の西南戦争と続き、残念なことにそれらの技術は完全に途絶えてしまった。そして100年後ようやく鹿児島市に薩摩ガラス工芸が設立され復元を遂げる。
双方の違いは、江戸切子は色ガラスの部分が薄く、カットした透明な部分と色付きの部分の境目がシャープになるのに対して、薩摩切子は色ガラスの部分が厚いため、カットすると境目の部分がグラデーションのようになる。それらは伝統工芸品としての指定を受け、グラスなど食器のほか、現在ではインテリアやアクセサリーなどにも進出している。
ところで、2015年それらに次ぐ第三の切子が日本一の宝石加工地、山梨県甲府で誕生した。それは、ファセットが合計180面を有する「キキョウカット」と呼ばれる無二無三の多面体カットを施す清水幸雄氏と、山梨ジュエリーミュージアムにて宝石研磨体験の講師をする伝統工芸士の深沢陽一氏とのコラボによる唯一無二の「甲州貴石切子」だ。このカットの技法は、宝石の表面にファセットカットを清水氏がを施し、下部の底面に切り子模様を深澤氏により刻み込んだもので、覗くとキラキラと輝く見事な和の文様が現れる。この世界初のカッティング法は2017年に商標登録が完了し、各界からも熱い注目を浴びることになる。
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