故宮博物館「翡翠白菜」
日本でも馴染み深い結球白菜の原産地は中国北部で、端正な砲弾形をした葉色は白から緑のグラデーションの柔らかく淡白な味わいの特有な野菜だ。もうひとつ、中国だけではなく世界が誇る食べられない結球白菜が存在する。それは滅多に産出されない質の高い大きな硬玉(翡翠)の原石に、その色彩の分布の違いを活かした「俏色(しょうしょく)」という技法による彫刻を施し、見事に白菜を再現したものだ。
諸説あるが、中国の清王朝の末期に君臨した第10代の皇帝 光緒帝(こうしょうてい)の妃となった瑾妃(きんひ)が宮廷に輿入れするとき、その頃中国南部の広州を治めていた瑾妃の実家・他他拉(たたら)氏は長叙の彼女のために、上部には子孫繁栄を込めてイナゴとキリギリスを彫り込んだ翡翠白菜(作者は不明)を持たせた。中国で結球白菜は清純潔白を象徴する特別な野菜とされる。良質な翡翠原石が現在でも産出されるミヤンマーと山岳地帯続きの中国雲南省は、広州と距離も近いのでこの原石を入手できたと思われる。
1888年、妃として北京の宮廷に入った瑾妃は紫禁城の永和宮を住まいとし、当時の政局動乱のなか(実質的な権力を振るっていたのは西太后)、一時は西安に避難するものの翡翠白菜を手放すことなく生涯を閉じ、その後この至宝は中国各地を転々とする。1948年、中国国内で始まった国共内戦で敗北濃厚となった蒋介石率いる中華民国政府は、翡翠白菜をはじめ逸品三千点を台湾に輸送して、台北市に建てた国立故宮博物館に収蔵した。
展示されている翡翠白菜は、手を広げた程度の高さで実際の白菜より小ぶりだが、鮮明で半透明な白から緑の色合いの葉に、息づかいさえ感じさせる妖艶なイナゴとキリギリスが潜んでおり、その秀麗さに時の経つのも忘れる。地球上の無機質の貴石(翡翠)と有機質の白菜と昆虫を融合させた、宇宙の創造主への最高なオマージュではないかと思わず手を合わせた。
0 件のコメント:
コメントを投稿